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きむらとしろうじんじんさん
先日、11/17(土) 大阪の"新世界"というところに行ってきました。

”新世界”聴いたことありますか?

そこには、スパワールド(温泉)、通天閣、昔ながらの商店街があります。
串かつ屋が並び、できたてほやほやでおいしい。
昼間っから飲めます!

それはさておき、2年ほど前からずっと会いたいとおもっていた人がいました。
その彼?!彼女?!が新世界にいらっしゃると聴きつけて
「もう、会いにいくしかない!」ということで会いに行ってまいりました。

その名も”きむらとしろうじんじん”さん。
じんじんさん


彼のあらましが、私の何かを180度回転させて
ずーーーーっと"ひと目お会いしたい"と 願い続けておりました。

なんせ、じんじんさんは私がやりたいと思っていることを先人として
やっているお方なのです。

じんじんさんは、"陶芸家"です。 リヤカーに釜をのせて
全国で野点をされています。
お茶碗の絵付けと野点(のだて)を通してたくさんの方と交流されています。

この日は私も絵付けをしちゃいました!
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お会いできたことが嬉しくて恐れおおくてなかなか近づけなかったんですが
とっても気さくでサービス精神旺盛なじんじんさん。

11月の寒空でしたがじんじんさんの温厚なお人柄に、ほっこり
心温まるひと時でした。

私も、(じんじんさんのようにメイクできませんが)
お茶&アートを細々と交流を繰り広げていく夢を描いています。

Mika
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カラスのポーズ
「カラスのポーズ」をご存知ですか?
これは数あるヨガのポーズの中のひとつで、両手で体全体を支える、バランスを重視した基本的なポーズです。
今年の春に私がヨガを始めた当初は「こんなの絶対無理に決まってる。」と思ったほど、なかなか難易度の高いポーズですが、嬉しいことに最近になって少しずつ出来るようになってきました。

前に転倒することへの恐れを捨て、凛とした気持ちでバランスを取ることに意識を集中すると訪れる、わずかだけどもふわっと浮き上がる瞬間。

それを初めて体験したとき、「難しいポーズでも続けて練習していれば、ある時突然できるようになるものなんですよ。」という先生の言葉を思い出しました。


続けること。
私はこの「続ける」というのが昔から非常に苦手でした。

とにかく最初から上手くできることを好むタイプなので、どんなことでも興味を持ったら、早く自分が思い描いたとおりにやりたいのです。
それが出来ないときは「私には才能がない」とか「環境が整ってない」とか何かと理由をつけてやめてしまいます。
そこそこ上手くできた場合も、そこで満足しておしまい。
どのみち、すぐに飽きてしまう傾向に変わりはありませんでした。

ヨガだって初めはそうでした。
「とにかく早く柔らかくなって、美しいポーズを取りたい」というのが最大の目的。
ところが、なかなかそうもいかない。
それで、幾度となく断念していたのでした。

そんなことをかれこれ3年近く続けて、今年の春にやっとヨガの本当の目的を理解することができたというわけです。
そこには先述の先生との出会いが非常に大きく作用しています。

レッスン中に周りの人が上手くやっているのを見て、時々引け目を感じるときがありました。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、その先生は
「周りの人と比較する必要は一切ありません。あなたが今、あなたにしてあげられることをただやるだけでいいのです。決してがんばり過ぎず、でも、少しだけチャレンジをさせてあげる。それで十分です。」
ということを、何度も繰り返しレッスンの中で優しく丁寧に伝えてくれます。

そのおかげで、私は自分の体を通して自分と対話することに心を向けることができるようになり、今に至っています。
「初めは体がカタいほうが、喜びが大きいかもしれない。」なんてことを言える私になっているのも、我ながら驚きます。
「山は高いほうが登り甲斐がある」と登山家の方々がおっしゃる意味がようやく分かってきました。

思えば、どんなに自分が一人ぼっちで孤独だと感じていても、この体だけは自分の心に居場所を与えてくれているのですから、こうして自分の体を大切にして共にいようと意識するのは、心にとっても非常に有益なことかもしれませんね。


「カラスのポーズ」以外にも様々なポーズにチャレンジしていく中で、自分への理解が深まっていきます。一見違うもののようですが、ヨガとアートセラピーはよく似ていると私は感じています。

アートセラピーとヨガの力を借りて、心も体も柔軟に、さらに自分の可能性を広げていきたいと思います。

~とともに
先日、私はtakikoのブログにコメントした中で『共生』という言葉を使っていました。



共生=ともにいきる

そしてはたと気が付いたのです。

水とともに・・・

最近は『水とともに』という展覧会名で個展を7月にやりました。今度の16日からも茅ヶ崎でやるのだけど。

私のなかで『~とともに』という言葉がしみついていて、takikoのコメントのときにも出てきたのかも。

私はセラピストであると同時に絵描きでもあって、ずっと水を描いている。

水を描き始めたのはかれこれもう10年以上も前のこと。

当時は『ケハイ』という言葉が気に入っていて、作品の題名にもしたし、その名前の展覧会もした。



ケハイ・・・目にはみえないけれど確かに感じる何か



水を描きながら、水をも含む地球の大きな力の気配を感じていたし、それを伝えたいと思っていた。

今もその感覚は変わらずに私に強く息づいている。

けれど、去年の9月の個展の時『ケハイ』という言葉を使ったのを最後に、今はもう使おうとは思わない。



水を描くことで、地球の大きな力に畏敬の念を持ちながら、その大きな力のひとつである水は、私たちの中にも
流れていることも感じていた。



『ケハイ』という言葉の次に見つけたお気に入りの言葉が『水とともに』。



目にはみえないけれど感じる『ケハイ』から

自分の中に確かにそこにあるのを感じる『水とともに』へ

しかも今回の個展は『ここに』もプラス。ここにの『ここ』は、私自身、この絵、この場所などいろんな『ここ
』が含まれている。もちろんあなたのなかも『ここ』。



科学的にいう水=H2Oもそうだけど、心理学的にも水は人にとってとてもとても大切なもの。

ご存知の通り、水はしばしば『感情』を象徴するものとして扱われる。

感情はたまにやっかいだけれど、人が人としてある以上このお水とともに生きていくのです。



私はそんなことを考えながらお水を描いているのです。
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